ラムネ瓶の世界

「あちら側とこちら側の関係は、ラムネ瓶に似ている」

 あの人が一ヶ月ほど休業した時だった。私の記憶が正しければ、事務所の玄関に「休業中」の札を下げたのは、あの一度きりだったから。
 彼はラムネが好きらしい。夏だろうが冬だろうが、結構な頻度で飲んでいると思う。彼曰く、瓶ラムネでないのはラムネとは呼ばないそうで、わざわざ遠方の店に買出しに行くこともざらだった。

「どういう意味ですか?」

 ベッドの上の彼にそう尋ねると、彼は持っていたラムネ瓶を軽く揺らした。半分ほどに減ったラムネ水がシュワシュワと泡を立てる。

「上がこちら側で、底のほうが向こう。ガラス玉は瓶の底には行けない。が、逆は違う」

 ラムネ瓶は途中が細くくびれた形をしている。その部分はガラス玉の大きさよりも狭いので、ガラス玉は瓶の底には辿り着けない。
 瓶が水平近くまで傾くと、中のラムネ水はくびれた部分を越え、ガラス玉の底がラムネ水に浸かった。
 当たり前のことを、噛み砕くように説明する。私は黙ってそれを聞いていた。

「向こうの連中は決まった姿形を持っていない。だから境界を飛び越えて、こっちに来れるんだ。
 俺達はそうじゃないから境界を抜けることは出来ないし、無理矢理行こうとすれば壊れる」

 私がまだ小さい頃、よく「何故『あちら側』に行けないのか」と彼に聞いていたことを思い出した。その時ははっきりと答えてくれなかったので、いつか答えを用意出来たときのために覚えていたのかもしれない。

「あの時は壊れませんでしたけど」
「あれは運がよかったんだよ」

 不機嫌そうに眉根を寄せた彼に、頭を軽くはたかれた。
 人間が「向こう側」へ行くのは危ないことなんだ。そう言って、彼は残りのラムネを飲み干した。

 彼の仕事がどれほど危険なものか、本当の意味で理解できたのはこの時だ。
 ふと先生の話を思い出した。私は今も「こちら側」に立てているだろうか。

2009/01/06