崖っぷち

 あの人の所に居候を始めた当初から、気になることがあった。
 仕事の来る頻度が少ないのだ。月に一度あればいいほうで、半年以上もの間まったく来ないこともあった。反比例するかのように報酬はかなり破格で、それなりに蓄えはあるようなので、生活に困るといったことは無いのだが。

 相変わらず仕事の来ない日を一月ほど過ごした頃だったろうか。私は常々思っていた疑問を聞いてみることにした。
 何故こちらから仕事を探したりしないのか、連絡を待つだけで問題は無いのですかと。

「面倒くさいだろ」

 たった一言で返答されたのには、流石にむっと来た。
 が、彼もそれだけで済ませるのは悪いと思ったのか、しばらく何事か思案して口を開いた。

「大概のことは、わざわざ俺みたいなのを探さなくてもいいんだよ」

 説明によると、どれだけ突き詰めようとも彼らは「あちら側の存在」であり、その線引きを超えることは決して無い。そして、肉体という概念を持たない「あちら側」に属するものは、「こちら側」に影響を与えることが難しい。
 故にほとんどの相手は「大したことのない小物」で、大事には至らなかったり、ちょっとしたアドバイスで解決するようなものが大半なのだ。
 大事に至るようなものが現れた時に、彼のような専門家が必要になる、とも。

「そういう時も、大体は他の連中が片付けてくれる。俺が呼ばれるのは、そいつらでも手が付けられない時だ」

 ようやく私も合点がいった。
 彼は、その手の人でもどうしようも出来ないようなものを相手にしているのだ。
 そんな物は滅多に現れないから、仕事も少ない。他の人が手を出せないほど危険な相手だから、それに見合った報酬を受け取っている。

「だからここは『崖っぷち』なんだ」

 どうしようもない状況に追い詰められ、崖っぷちに立たされた人に差し出される命綱。それがここなのだと、彼は皮肉っぽい言い方をした。
 お前もそのうち、そういう仕事をする羽目になるかもよと言われた。おそらく冗談のつもりだったんだろう。
 あの時に戻って「現実になるよ」と教えたら、彼はどんな顔をするだろうか。

2008/03/09