「あなたはどこで生まれたの?」

 あの人の助手に、こんなことを尋ねたことがある。彼はいつもと変わらない調子で「雲じゃ」と答えた。

「雲って、空にある雲?」
「そうじゃ。お前達が生まれるよりもずっと前、私は雲から生まれ降りてきた」

 よくわからないと答えると、彼はそうだろうと笑った。

「お前のような小娘には、我々の成り立ちはまだ理解できんよ」

 私の腕よりもずっと太い指で、頭を軽く小突かれた。彼が私をからかう時によくする仕草だ。
 彼は一つあくびをして、こちらを向いた。

「あやつも、昔同じことを聞いてきたな。どこで生まれたか、どこから来たか。わざわざ聞くほど気になることかね」

 そんなに知りたいのか? と聞き返された。自分はどこで生まれて、どこから来たのか。
 私は首を横に振った。
 次の言葉を考えていると、独り言のように彼が続けた。私ではなく、茜色に染まり始めた雲を見ていた。

「私は『どこから』よりも『どこへ』のほうに興味がある。命の行き着く場所は何処なのか、お前達と我々では違うところに辿り着くのか。
 こればかりは私も確かめられぬからな」

 視線の先の大きな雲は少しずつ形を崩しながら、ゆっくりと流れていく。
 しばらく間が空いて、彼は一人苦笑した。

「そろそろ戻るとするか。日が落ちる前に帰らんと、あやつも心配するだろう」

 彼の真っ白な体毛を見て、夕暮れの雲から生まれたら茜色の毛をしているのだろうか、とふと思った。
 もう一度空を仰いだが、あの雲はもう見つからなかった。

2008/03/02